森岡利行監督日誌

シネマ・インヴェストメント(cin-v)の

山田俊輔P(プロデューサー)から栄治役に武田真治はどうかと提案がなされた。大阪弁で破天荒な主人公とはかなりイメージが違うと私は思った。山田Pは大島渚監督の『御法度』、NHKの『トップランナー』で司会をしている武田さんの佇まいが好きだという。叔父がバンタム級ということもあり、体格的にはピッタリだったが、とりあえず脚本を送り打診してみることにした。
# by straydog2007 | 2004-12-22 00:00

お通夜には

亀田三兄弟や叔父を逮捕した刑事さんの姿もあった。それから葬儀を終え、東京へ戻って脚本を書き直した。晩年から葬式のシーンをつけ足したのだ。まるで叔父に「ワシの人生全部書いとけ……おもろいから」と言われてるようだった。
# by straydog2007 | 2004-11-13 00:00

数日後、叔父が他界した

食道癌だった。享年58歳。報告を受け、大阪まで通夜に向かった。ジムの二階にある自宅で叔父の亡骸と対面した。何故かその時は涙が出なかった。長男で森岡ジムの会長・和則が叔父の鼻にピーナッツを詰めて遊んでいた。オレがまだ幼い頃、叔父に詰められたことがあり、それが詰まって病院に行かなければならなかったことを思い出した。「なんで具合悪いの教えてくれへんかったンや」と私は叔父の妻の裕子に訊いた。「言うな言われてたから……弱ってるの見せたくなかったンと違うか」電話で話した時は、たまたま入院先の病院を抜け出して、家に帰っていたという。裕子と思い出話をして笑った。検査入院の時、スーパーで買ったパジャマを着せたら、トイレで同じパジャマを着ている人が二人もいて、「これは囚人服か」と文句を言われたこと、手術の前に手術着の下に白いタイツをはかされ「ワシはバレリーナか」と戯けて見せたこと……
そんな話をしていたら、葬儀屋さんが来て、亡骸を棺桶に入れる作業が始まった。
それを見ていたら……泣けてきた。葬儀屋さんもハンカチで顔を拭っていたので、悲しんでくれていると
思ったが、ただ汗を拭いていただけだった……裕子と二人で笑った。
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棺桶の上に猫のミャーが乗り、叔父の顔を眺めていた。
# by straydog2007 | 2004-11-09 00:00

またボツかなと

落ち込んでいた時、サラ金の踏み倒し方(別企画の取材)を教えて貰おうと叔父に電話した。
ひとしきり話した後、「映画、うまいこと言ってるか?」と訊いてきた。自分の話が映画になると訊いて一番喜んでいたのは本人だった。「うん……ぼちぼちやな」と私の暗い声を聞いて察したのか、励ましか何だかわからないようなことを言った。
「あんなぁ……人の運命はオギャアと生まれた時から決まってるンや。人生はなるようにしかなれへん……そやから今やるべきことを一生懸命やっとくンや」
そう言って電話の向こうで笑っていた。
その話は正月、家に遊びに行った時も話していた。それが最後の会話となった……。
# by straydog2007 | 2004-10-01 00:00

受賞はしたものの

ここからが大変だった。映画製作費の半分をPとして集めなければならなかった。色んなPと会った。「誰が監督するの?」「僕です」「実績ないよね」の繰り返し。他にも「今まで映画に出来なかったンだから無理だよ」とか「思い切って企画を変えれば……難病モノとかさ」とまで言われた。挙げ句には「今の主流はね、テレビ局がついてて大手企業が出資するか、超人気タレントを使って大宣伝して大動員、しかも有名監督じゃなきゃ話にならんよ……君じゃあねぇ~絶対無理!」と親切に引導まで渡してくれた。一番腹が立ったのは企画書と脚本受け取っておいて、感想を聞こうと電話したら居留守を使うP(ダメならダメって言ってくれよ!)。
# by straydog2007 | 2004-09-01 00:00

エンジェル大賞授賞式

叔父・森岡栄治を題材とした映画企画「路地裏の優しい猫」が第三回日本映画エンジェル大賞を受賞した。
前作「問題のない私たち」の配給宣伝に疑問を持ち、プロデューサーとしての賞に
今年のはじめに応募したものだ。
大賞の賞金が100万円、企画開発費が500万円という豪華な賞だ。
夢は叶う、か?
f0149081_22424131.jpg写真の左端で賞状を持って赤いバラをつけて微笑んでいるのが私で、挨拶されているのが映画「瀬戸内少年野球団」や「金融腐食列島」などを手掛けられた大プロデューサーであられる原会長です)
# by straydog2007 | 2004-05-28 00:00

『問私』は1月にあきた十文字映画祭に

f0149081_2237097.jpg 招待され、1月27日に明治安田生命ホールで盛大な
 完成披露試写が行われ、2月28日に
 ポレポレ東中野で封切りされたが興行成績は
 惨憺たるものだった。
 配給宣伝に疑問を持た私はP(プロデューサー)
 の本を買い漁り勉強した。
 その中で目に留まったのはアスミック・エース会長
 (現・シネマ・インヴェストメント会長)の
 原正人さんの『映画プロデューサーが語るヒットの哲学』
 だった。
そこで日本映画エンジェル大賞の存在を知り『路地猫』を映画企画として応募した。
締め切りギリギリだった。
# by straydog2007 | 2004-03-01 00:00

『路地猫』より先に

f0149081_22342883.jpg 映画を監督するチャンスが回ってきた。
 少女漫画が原作の『問題のない私たち』。
 黒川芽以主演で沢尻エリカのデビュー映画と
 なったその作品は、撮影も順調で出来上がりも
 満足いくものとなった。
# by straydog2007 | 2003-08-01 00:00

それから4年が経ち

『エイジ』は企画に上がっては消えを何度も繰り返していた。そんなこともあって、「舞台でやっちゃえ!」と娘の視点から見た父親という脚本に書き直し、タイトルも『路地裏の優しい猫』とした。中野ザ・ポケットという小劇場で上演したその公演は色んな人が観に来てくれた。宮﨑あおいさん、野波麻帆さん、上川隆也さん、根津甚八さん、大林宣彦監督……また企画書を書き直し、映画化に向けて頑張ろうという意欲が沸いてきた。

2000年7月4日
# by straydog2007 | 2001-07-04 00:00

生まれて初めて書いた脚本が

先輩脚本家の我妻正義さん(映画「岸和田少年愚連隊」「一生遊んで暮らしたい」他)の尽力もあって『月刊シナリオ』にシナリオ作家協会推薦作品として掲載されることになった。一年前、売れない役者をやっていた私は叔父・森岡栄治の人生を面白可笑しく描いたその脚本で脚本家としてデビューのチャンスを掴んだのはいいものの、その脚本自体はまだ映像化されていなかった。その時のタイトルは『エイジ』。 

1996年4月1日
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# by straydog2007 | 2001-04-01 00:00



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